池宮城善郎さんと琉球ガラスの出会い!

2014年に『現代の名工』に選ばれた琉球ガラス作家・池宮城善郎さん。

若き日にコーラーの廃ビンなどから生まれた琉球ガラスに無限の可能性を見出されました。次々と新しい技法を開発し華麗で重厚な作品を生み出されてきた池宮城さんが琉球ガラスとの出会いはいつだったのでしょうか?

それは今から約40年ほど前、大学に入学したばかりの頃。

当時はガラスとか工芸に興味があったわけでなく単なるアルバイトのつもりで琉球ガラス工房に見習いとして入られました。1年目は材料運びなどの下働きであり、2年目でガラスの巻取りなど簡単な作業をこなすようになられました。厳しい職人の世界なので教えてなどもらえず見よう見まねで覚えるのが習慣。月日は流れ、だんだんと琉球ガラスに魅力を感じるようになり、当時の琉球ガラスはとてもシンプルなコップや皿などしかなかったのですが誕生したばかりの工芸に無限の可能性とその色彩に魅せられ大学卒業とともに本格的に琉球ガラスの道に進まれました。

そして10年後。

30代の前半にこれまで誰も手掛けたことのない新しい技法を開発し自分だけの作風を築かれました。

『ラスター彩』とは白い錫鉛釉の上に銀や銅の酸化物で文様を描き焼成する方法で玉虫色あるいは虹色の独特の美しい輝きが得られます。これをガラスに応用したのは池宮城さんがおそらく初めてだそうです。

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更にはガラスの絵柄や模様をガラスの本体に埋め込んで焼き重ねる『象嵌』。幾重にも異なる色のガラスの層を重ねて下の色を掘り出すことでカラフルな絵柄を作り出す『段彫り』。次々と独自の技法を編み出されました。

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これらの異なる技法を通じて池宮城さんんが追求してこられたのは『華やかさ』である。

40代に入ると池宮城さんの念願であった大物の制作に着手。ガラス作品では一般に5㎏を超えると大物と呼ばれますが池宮城さんが挑んだのは10㎏を超える前代未聞のサイズです。体力と技術が充実しているこの時期ならではとの考えからの試みでした。

ガラスは水飴みたいな溶液から作るため制作最中に生き物のように形を変えていきます。大きな作品になればなるほどガラスのコントロールは難しくなり、4名~5名くらいのサポート役が必要であり全員が息を合わせて作業をしなければなりません。誰かの少しのミスでも作品が台無しになるほどまさにチームプレイを要求されます。約2時間半の炎とガラスとの戦いを経て出来上がる作品は感動そのものであり大物作りの魅力がそこにあります。

現在は後進の育成に本格的に取り組み沖縄で一番厳しい師匠と自認し活躍されています。若い作家へのアドバイスをしたりと琉球ガラス全体の発展に努められています。

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※2011年に立ち上げられた『琉球ガラス煌き工房』。近いうちにより規模の大きな第2工房を設立される予定も。現在は作られていない大物の制作再開やこれまでにない技法の開発に挑戦されるのも近い。

“ライバルはベネチアングラス”と業界全体のレベルアップを願われています。

モノ作りにてっぺんはない

「目標にたどり着いてもその上にまた何かが生まれそれを追求していくの繰り返しである」と池宮城さん。あと30年はガラスを作り続けると仰る池宮城さんから今後も目が離せません。

以上、和雑貨専門店・四季彩堂 池本靖史(いけぽん)でした(^^)/

琉球ガラス作家・池宮城善郎さんの作品はこちらから見てみて下さい!

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